運動制御における「Bernstein問題」

人の動きとはなぜこうまでも繊細でなめらかなのでしょうか?
ヒトの身体運動や姿勢保持の機能的な単位は筋収縮であり、すべての運動は筋収縮を「駆動力」として、関節を軸とした骨の屈伸、内外転、回旋、回内・回外運動の組み合わせとして表現しています。
実際には比較的簡単にみえる運動を遂行する場合でも、非常に多くの筋がこれに関与し、相互に密接な協調作用を営むことによって円滑な身体運動が可能になっています。
このような筋収縮の協調性を実現するように筋骨格系を制御しているのは中枢神経系(central nervous system: CNS)になります。
随意運動に際しては、運動を始めようとする意思が働くと大脳皮質連合野(前頭前野)で運動指令が計算され、その運動指令は大脳皮質運動野の錐体路細胞の皮質脊髄路と呼ばれる遠心性神経線維を伝わり、脊髄のα運動ニューロンを介して各筋肉に伝達され筋収縮が起こります。
また意識に上らない反射性筋収縮では、筋紡錘・腱器官からの刺激が求心性神経線維を伝わり、脊髄のα運動ニューロンを介して各筋肉に伝達され筋収縮が起こります。

運動制御における「Bernstein問題」。

これら、ヒトの身体運動の特色としてその優れた点として「多機能性」や「柔軟性」が挙げられています。
これは、運動系の有する無限ともいえる自由度によって実現されているといえます。
脳の中枢からの運動指令が脊髄のα運動ニューロンを介して筋肉に伝わり筋収縮が起こって運動が発現しますが、その際,中枢神経系がこの運動系の有する膨大な自由度をいかにして支配し、協調・制御させているのかという問題は、「Bernstein問題」と呼ばれていて、運動制御研究で長きに渡って議論されている難題です。
「Bernstein問題」は、その名の通りBernsteinさんという方が投げかけた問題提起。
今から半世紀以上も前、パブロフの反射理論が主流だった時代に「運動制御の本質は自由度問題である」と主張して、手を動かすという単純な行為でさえ50以上の筋肉と18の関節が介在する運動に、単純な「知覚―運動反射モデル」を導入することの疑問を投げかけたことから始まります。

「仮定された中枢的な制御によらない運動の説明はできるのか?」

これが「Bernstein問題」の本質です。

「シナジー」とは複雑な筋骨格系を制御しやすくしている一つのモジュールである。

この問題に対し、運動の目的に沿って運動系の自由度を低減させ機能的なまとまりを形成するという「シナジー(synergy)」の概念というものがあります。
この概念によると、中枢神経系は作用の似たいくつかの筋群が共同して働くシナジーを利用することで、 「Bernstein問題」を解決していると考えられています。
つまり「シナジー」とは複雑な筋骨格系を制御しやすくしている一つのモジュール(システムを構成する要素)ということです。

Bernsteinさんは、「運動全体の抽象的な形での記憶が脳に蓄えられてる」と考えました。
そしてこの記憶を「エングラム」と呼んでいます。
懐かしい思い出や恐ろしい記憶、時間や場所あるいはそのような経験を含むあらゆる感覚とともに、過ぎた昔の思い出を完全に呼びもどすことのできる“記憶の痕跡”として脳に残されます。
神経科学者たちはこれを「エングラム(engrams)」と呼んでいます。
Bernsteinさんは、運動の記憶の痕跡、つまり運動のエングラム、ここでは「多くの筋群への一連の運動指令パターン」の記憶痕跡は、シナジーの基になる運動プランであると考えました。
そして、あらかじめプログラムされた「エングラム」が適切なトリガーに反応して発現するように「エングラム」を強化することによって、運動の協調が可能になると考えていたわけです。

動作や行為には解が無数に存在しており、その中でその環境に適切なものを脳が自動的にシステマチックに動かしているもの。

ヒトの身体運動を制御する運動指令が、「シナジー」としてモジュール化されていて、身体を動かす際にその運動を実現し得る「シナジー」を選定しそれらを用いて目的の運動が発現されると仮定したときに、脳で保有するシナジーの数が膨大なものとなっては、シナジーの選定という意味での自由度が膨大なものになってしまい、中枢神経系がシナジーを利用するメリットはなくなります。
またこの考え方は脳の記憶量の面から考えても非現実的なものかと思います。
しかしながら、うまく幾つかの「シナジー」を用いて効率的に運動表出が行えれば、たしかに脳にとっては効率的に運動が行えるなって感じますね。

なかなか答えが出ない「Bernstein問題」ですが、これらを考えた上で人の動作の可能性を考えることが重要ではないかと思います。
動作や行為には解が無数に存在しており、その中でその環境に適切なものを脳が自動的にシステマチックに動かしているものと。
解が無数にあるんだから、別にどれが正しいとかではなくて、おそらく自然に選ばれたものが現状での選択肢一番の解ということなのかもしれませんね!

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