咀嚼運動と脳の機能

咀嚼とは、「噛む動作」のことを言います。咀嚼筋は咬筋、側頭筋、内外翼突筋からなり、顎関節に作用し、下顎骨の挙上および前後左右への移動に関与します。これらの筋の働きによって、下顎骨の両側にある関節が左右対称性の運動をすることが出来ます。

咀嚼筋の名の通り、咀嚼に働く筋なのですが、運動だけでなく感覚に対しても強い関係性を持ち、精神的ストレスが咀嚼筋の活動を亢進させることが分かっています。例えば、両側の側頭部や耳介部で激しい頭痛が起きた場合、側頭筋や咬筋がストレスによって無意識に収縮したことが原因かもしれません。また、一次運動野や一次感覚野においてペンフィールドの小人でも分かるように咀嚼は広範囲にわたって大脳皮質を使用していることが分かります。したがって、咀嚼機能の低下がひいては脳の機能の低下を招くことになり、学習能力、記憶能力といった認知機能の低下にも影響すると言います。

脳と認知症の関連

高齢者においては歯数が多く咀嚼機能が高いほど、長寿で健康寿命も長く、ADLやQOLも高い水準に保たれているとされています。逆に残存数が少ないほど、認知症の重症度が増すとされ、義歯によって咀嚼機能や咬合の回復が得られるとその程度が下がるという報告もあります。咀嚼運動は、神経網を介して脳に膨大な情報をもたらすことで、脳を刺激し活性化していきます。脳と認知症(痴呆症)の関連を示す研究報告があります。岐阜大学の研究によると、高齢者の海馬の活動レベルが咀嚼刺激によって上昇することを、MRIを用いて解析しました。その結果、咀嚼刺激による脳活動の変化を測定したところ、運動野、体性感覚野、視床、小脳の神経活動に増幅が認められました。そして、咀嚼刺激によって高齢者に記憶の向上が見られ、咀嚼が大脳皮質のネットワークに適度な刺激を与え、海馬への情報入力を促進していることを明らかにしました。

咀嚼という運動

東京都老人総合研究所が65~84歳までの人を対象に、咀嚼と全身機能の関係を調査分析した研究によると、咀嚼能力の高い人は骨のカルシウム量が多く、天然歯(噛むことが出来る歯)が多く、開眼片足立ちの時間が長かったとのことです。咀嚼が全身機能に影響していることが明らかにされたわけです。咀嚼はそれだけでリズミカルな運動となり、セロトニンや神経ヒスタミンの分泌が亢進し、ストレス抑制や代謝機能の亢進、肥満抑制などに働きます。咀嚼とは最も身近にかつ効果的に行える運動ではないでしょうか。これらの研究から、咀嚼は単に摂食だけでなく、脳をはじめとする全身の機能を活性化し、老化を防ぐ役割をもっているのです。

 

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