身体教育について

スポーツやトレーニングの世界が科学的に定量化されうる時代において、自分自身の「気づき」や身体内部の「感覚」の存在はどこか片隅に追いやられがちです。

しかし、これらは競技的にも日常的にも動きの向上や学習には欠かせません。

こうした「気づき」や「感覚」を通して自身を学ぶ、動きを学ぶといった教育をsomatic educationといいますが、代表的なものにはイスラエルのモーシェ・フェルデンクライス (1904-1984)によるフェルデンクライスメソッドやオーストラリアのF.M.アレクサンダー(1869-1955)によるアレクサンダーテクニーク、そして我が国では野口三千三(1914-1998)による野口体操があります。

フェルデンクライスは日本との関わりも深く、日本からパリに訪れていた講道館の創設者、嘉納治五郎に出会ったことで柔道を学び、後にパリに柔道連盟を創設します。

フェルデンクライスは、柔道の柔よく剛を制すという側面や小さな体格の日本人がそれを補うために内面を調整するという姿勢に惹きつけられたといいます。

また、講道館の創設者である嘉納治五郎は、日本の体育教育、学校体操を制定化するにあたって、厳格な形式を重んずるリング主義と呼ばれる体操と遊戯(ダンスやスポーツ的)を取り入れた体操とで後者を支持していたことは非常に興味深いものです。

なぜなら、野口体操においても、形や動きを要求通りに行うだけでは、運動として十分ではないという考え方が浸透しているからです。

野口体操は、自然でいることで得られる身体感覚、滑らかな動きを重視した運動を提唱しています。

それは、重力などに抵抗するための筋力を鍛えるよりも、むしろ力を抜いて身体を“動き”や“重さ”に任せることで無理なく力や素早さなどを最大限に引き出せるという考えのもとです。

野口体操では、運動の効能よりも、運動を通じた自分自身の気づき、体内の感覚を研ぎ澄ますという視点が大切にされています。

体操という言葉は、体を操ると書きますが、自分で意識して身体の隅から隅まで動かそうというのではなく、自分の身体の中の美しい釣り合い、“彩なる釣り合い”が自分の内側に自然に顕れてくるようなあり方で、それを探るのが野口体操の基本的な考え方だと受け止められています。

つまり自分の身体の内側から「こんな動きがしてみたい。自然に体が動いてしまう。」という感覚、動きを重視し、その感覚や動きとの釣り合いをとって姿勢、行動に導いています。

昨今では、力を抜く動き、重力を生かした身体運動の重要性は、近代スポーツの世界でも注目され始めています。

もちろんエビデンスに基づいた科学的考察も大切ですが、こうした自分自身の気づきや感覚も大切にしたいものです。

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