赤ちゃんの歩行学習と神経機構

人間の赤ちゃんは生まれて間もない頃からすでに歩行に関連した神経回路の基盤を備えていることが観察から示唆されています。たとえば、新生児の足裏を床に接触させると、あたかも歩こうとするように足を交互に動かす「ステッピング反射」と呼ばれる現象がみられます。しかしこの反射は生後1~2ヶ月頃には一時的に消失します。この消失については重力下での運動経験が乏しい新生児の足の筋力が、成長とともに体重の増加に対して相対的に不足するためではないかと考えられています。

その後、生後6ヶ月を過ぎた頃から、再び足を突き出したり体を支えようとする行動が現れはじめ、個人差はありますが、生後12ヶ月から18ヶ月頃には多くの乳児が自立歩行を始めます。この時期の歩行は歩幅が広く、左右の足を大きく開き、バランスを取るために腕を広げて歩くなど、未熟で非効率的なものです。歩行周期も不規則で足の接地位置やタイミングも一定せず、しばしば転倒を伴います。しかしこの未熟な歩行も、3歳前後になると徐々に安定し、大人と同じような直立二足歩行に近づいていきます。

このように人間が生得的に備える歩行様の神経反射が、成長とともにいったん消失し、再び統合された歩行行動として再出現するまでには、かなりの学習と神経系の発達が必要とされます。この過程において重要な役割を果たしているのが、線条体と呼ばれる大脳基底核の一部を構成する神経回路です。

近年の神経科学の研究によりこの線条体におけるシナプス可塑性、すなわち神経結合の強さの変化が、歩行学習に重要な影響を与えていることが明らかになっています。とりわけ「皮質線条体経路」におけるドーパミン依存性のシナプス長期増強(LTP)および長期抑圧(LTD)が、試行錯誤による運動学習を支えていることが示されています。

この神経機構の特徴的な点は、ドーパミンが報酬の「予測誤差」に応じて分泌されるということです。すなわち、ある行動によって得られた報酬が、予期していたものよりも大きければ、線条体におけるドーパミンの放出量が増加し、逆に報酬が予測よりも小さい場合にはドーパミン放出は抑制されます。このメカニズムは、脳が「どの行動が成功につながるか」を学ぶ上で非常に有効です。

例えば、乳児が偶然にも身体のバランスをうまく取ることができたとき、それによって立つことに成功すれば、予測を超えた成功体験となり、ドーパミンが放出されます。そしてこの時に活動していた皮質線条体の神経回路が強化されることで、その後も同じような運動パターンが選ばれやすくなります。これがいわゆる「強化学習」の原理です。

つまり、歩行の獲得は単に筋力や骨格の発達だけではなく、成功体験を積み重ね、それを神経的に記憶する過程を含んでいます。このような学習は、多くの失敗と成功の積み重ねの中で、報酬と結びついた行動を選択し続けることで達成されます。加えて、前頭前野などの大脳皮質領域も、運動の予測や自己制御に関わっており、皮質と基底核の間の相互作用が、より洗練された動作の獲得に貢献していることが報告されています。

以上のことから、人間の歩行獲得は、単なる運動発達ではなく、脳内の学習メカニズムと深く結びついた複雑なプロセスであるといえます。反射的な動きから意図的な行動へと至る過程には、報酬を介した神経回路の強化、すなわちドーパミンを介した強化学習が中心的役割を果たしており、それによって私たちは「うまくいった動き」を覚え、最適な運動戦略を身につけていくのです。

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