「心を鍛える」ための運動習慣─ストレスに強くなる脳のつくりかた

ストレス社会と呼ばれる現代。満員電車の圧迫感、終わらないタスク、スマートフォンから絶えず飛び込んでくる情報の波……。私たちの脳は、気づかぬうちに常に「何か」と戦っているのかもしれません。そんな中、ふと走り出したり筋トレで汗をかいたりした後に、気持ちがすっと軽くなった経験はありませんか?それは偶然ではなく、科学的に裏づけられた脳の変化が起きているからです。

「運動は体にいい」と聞けば、多くの人が筋肉や心肺機能の話を思い浮かべるでしょう。しかし、ここ数年の研究で注目されているのは「運動が脳を変える」という事実。とりわけ、運動によって「ストレスに強くなる脳」が形成されるメカニズムが次第に明らかになってきました。

たとえばアメリカのプリンストン大学の研究チームが行った、ある興味深いマウス実験があります。研究者たちは、運動を習慣化しているマウスとそうでないマウスに、軽いストレス刺激を与えてその脳活動を比較しました。すると、運動をしていたマウスの脳では、ストレスによって活性化する神経細胞の暴走を、別の「抑制系」の神経細胞がブレーキをかけるように働いていたのです。つまり、運動によって脳の「興奮と抑制のバランス」が強化されていたというわけです。

この結果は、私たち人間にも当てはめて考えられます。というのも、ストレス反応をつかさどる扁桃体(へんとうたい)と、それを制御する前頭前皮質(ぜんとうぜんひしつ)という構造は、ヒトとマウスで共通する重要なネットワークです。運動はこの前頭前皮質を活性化させることで、扁桃体の過剰反応を鎮め、不安や恐怖をコントロールしやすくしてくれることが、脳画像研究でも報告されています。

また、運動は脳内の神経栄養因子(BDNF)を増加させることも知られています。BDNFとは脳由来神経栄養因子(Brain-Derived Neurotrophic Factor)の略で、神経細胞の成長や再生を助けるいわば「脳の肥料」。この物質の分泌は、うつ病の発症リスクとも関連しており、BDNFが減少すると海馬(記憶や感情の中枢)が萎縮することも報告されています。興味深いのは、有酸素運動(ランニングやサイクリングなど)によって、このBDNFのレベルが上昇し、うつ病の予防や改善に寄与する可能性があるという点です。

では、どれくらいの運動量があれば「メンタルに効く」のか。世界保健機関(WHO)は、週150分程度の中強度の有酸素運動を推奨しています。これは1日30分程度のウォーキングを週5回行えば達成できるレベルです。さらに、筋トレのような無酸素運動も週2回ほど加えると、よりストレス耐性が高まるという報告もあります。ポイントは、運動の種類ではなく「習慣化」にあるということ。運動を一過性のストレス解消手段として使うのではなく、日々のルーティンに組み込むことで、脳神経系そのものが「ストレスに強い構造」へと変化していくのです。

現代人にとって、ストレスを完全に回避することは現実的ではありません。しかし、それにどう対応できるか──つまり「ストレス耐性」は、ある程度自分自身で鍛えることができるというのは、大きな希望ではないでしょうか。

運動を通して自分の身体を鍛えるように、脳のストレス耐性も育てることができる。この事実は、心が折れそうなときの新たな「処方箋」になり得るかもしれません。誰もが抱える不安の時代だからこそ、身体を動かすことが、実はもっとも人間らしいセルフケアなのかもしれません。

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