私たちが日常生活や臨床の現場で耳にする「筋肉が硬い」「筋が張っている」といった表現。その背景には「筋緊張(トーン:tone)」あるいは「筋張力(テンション:tension)」と呼ばれる生理学的概念が存在します。では、筋緊張とは一体何によって決まるのでしょうか。そして、それが身体にどのような影響を与えるのでしょうか。
筋緊張を構成する主要な要素は、大きく分けて二つあります。一つは筋やその周囲の軟部組織が本来持っている粘弾性、つまり「物理的な性質」。もう一つは筋肉が実際にどれだけ活動しているか、すなわち「神経的・収縮的な要素」です。前者は筋そのものの硬さや伸びやすさに関係し、後者は運動神経の興奮によって起こる筋の収縮活動に関与しています。
まず粘弾性の観点から見てみましょう。筋肉は収縮性のある筋線維と、それを取り囲む結合組織や筋膜によって構成されています。これらの構造が長期間にわたり短縮されたり、過度に使用され続けると、筋肉は柔軟性を失い、「硬さ(スティフネス)」が生じます。実際に、筋の短縮や筋膜の線維化は、筋の伸張性を著しく低下させることが報告されており、これは慢性的な筋緊張の一因となります。
一方、筋の収縮性緊張は神経の興奮性の変化やトリガーポイントの形成によって説明されます。たとえば、ストレスや過負荷により筋線維の一部が持続的に収縮状態となり、筋内に緊張した帯のような硬結(ハードバンド)を形成します。これはトリガーポイント理論に基づいて説明され、疼痛や運動制限と密接に関係していることが多いのです。
このように安静時の筋緊張は、筋の構造的性質と神経生理学的な活動の組み合わせによって決まります。重要なのは単に筋肉が「硬い」といっても、その裏には物理的・生理的要素が複雑に絡み合っているという事実です。そして、この「硬さ」は決して無害ではありません。

筋緊張が高い筋は非刺激性の閾値―つまり、刺激に対して反応しやすくなるしきい値――が低くなります。これは比較的小さな入力でもその筋が優先的に動員されやすくなることを意味します。結果として動作の中で特定の筋が過剰に使われ、拮抗筋(反対方向に働く筋)は逆に抑制されてしまいます。このような運動パターンのアンバランスが長期化すると、筋力低下や関節可動域の制限、さらには慢性疼痛へとつながるのです。
たとえば顎関節症の開口障害においては、咬筋や側頭筋といった筋が収縮性に緊張しており、粘弾性の変化も伴って動きが阻害されています。同様に、痙性斜頸では胸鎖乳突筋や僧帽筋上部が過活動となり、頸部の位置異常を生じます。こうした病態は、筋緊張の異常な増大が運動機能にどれだけの影響を与えるかを端的に示しています。

臨床の現場では「筋力が弱い」という訴えがあっても、実際には筋そのものの弱化ではなく、筋の硬さに起因する筋出力の低下であるケースが少なくありません。これを「筋の硬さによる筋弱化(weakness due to stiffness)」と呼ぶことがあります。やや硬めの筋は、筋力テストでは一見強く見える場合もありますが、著しく硬い筋では、むしろ出力が低下する傾向があり、これは過緊張により筋が効果的に収縮できていないことを示唆しています。
そのため、硬い筋に対するストレッチや安静時の筋緊張を緩和するような手技・運動療法は、単にその筋の柔軟性を回復するだけでなく、拮抗筋の抑制を解除し、全体の筋機能の再構築につながる可能性があります。たとえば、ハムストリングスの過緊張が股関節屈筋群の出力を妨げている場合、ハムストリングスのリラクゼーションが前方の運動連鎖を改善する鍵となるのです。
筋緊張という一見単純な言葉の裏には、粘弾性と収縮性という二つの異なるが密接に関係する生理学的要素が存在します。これを正確に評価し、適切にアプローチすることは、疼痛の軽減やパフォーマンスの最適化において非常に重要です。「硬い筋は使われやすい」という事実は、私たちが動作評価を行う際の指針ともなり、筋の柔軟性と筋力との相関関係を見誤らないための重要な視点となります。



















