「骨盤が歪んでいる」「カラダがねじれている」といった表現は、現代の健康・フィットネス業界で頻繁に耳にする言葉となりました。確かに骨盤や脊柱のアライメント(整列)が不良であることは、姿勢不良や慢性疼痛、運動機能の低下と関連があると指摘されています。しかしながら、身体が完全な左右対称であるという前提自体が、生理学的・解剖学的には現実的ではありません。
人間の内臓配置や筋骨格系は、生まれつきある程度の非対称性を持っています。たとえば、胃は体の左寄りに、肝臓は右寄りに位置しており、心臓も中心よりやや左に存在します。肺も右肺が3葉、左肺が2葉と形状が異なっており、横隔膜の高さにも差があります。また多くの人には利き手や利き足が存在し、これが日常動作や姿勢に偏りをもたらします。こうした構造的・機能的な左右差は、人間にとって自然なものであり、必ずしも「歪み=悪」とは言い切れません。
この前提の上で注目されるのが、「ジンク・パターン(Zink pattern)」と呼ばれる身体のねじれパターンの分類です。これはアメリカのオステオパシー医師であるJ. Gordon Zinkが提唱したもので、人間の身体には特定の代償的なねじれパターンが存在し、そのねじれが筋膜の緊張、リンパや静脈の流れ、さらには自律神経系にまで影響を与えるとされます。
ジンクは身体を頭蓋頸部、頸部胸郭部、胸郭腰部、腰部骨盤部の4つのセグメントに分け、それぞれのセグメントが交互に回旋する「代償性パターン」が健康な人の約80%に見られると報告しました。この代償パターンをとる人は、ストレスや疲労への回復力が高く、身体の不調に対しても適応しやすいとされます。これに対して、すべてのセグメントが同じ方向に連続して回旋している「非代償性パターン」の人は、循環障害や筋膜の緊張不均衡、自律神経のアンバランスなどが生じやすく、疲労感や呼吸機能低下、消化機能の不調などを訴える傾向が強いとされます。
さらに筋膜や姿勢制御の観点からも、非対称性は注目されています。筋膜とは筋肉を包む結合組織であり、全身に連続的につながっています。Thomas Myersによる筋膜ライン理論(Myers TW. Anatomy Trains.2001)は、身体の機能的連結性を明らかにし、ある部位の緊張が別の部位に影響を及ぼす「テンセグリティ(Tensegrity)」構造としての身体理解を提唱しました。この視点に立つと、たとえ骨盤がやや左右非対称であっても、そのテンションバランスが保たれていれば、直ちに問題となるわけではないという考えも成立します。
実際、骨盤の非対称性と腰痛との関係を示した研究でも、必ずしも「骨盤のゆがみ=痛み」という明確な因果関係は示されていません。たとえば、Levangie(1999)の研究では、骨盤の傾きと仙腸関節の可動性が腰痛と完全には一致しないことが報告されています。
したがって、身体の「歪み」を一元的に悪とみなすのではなく、その歪みが代償的に適応できているかどうか、つまりジンク・パターン的な代償性が保たれているかに注目する必要があります。そして重要なのは、非代償的なパターンや、機能的なアンバランスが慢性化している場合には、生活習慣や姿勢、利き手の使い過ぎ、同じ姿勢の継続といった背景要因を見直すことです。特に座り姿勢や就寝時の体位、カバンの持ち方など、日常的に反復される動作が身体のバランスに与える影響は小さくありません。
ゆえに、仮に「骨盤が歪んでいる」と言われたとしても、それがジンク・パターンのような交互性を持つ代償性パターンであり、特に痛みや不調を伴わないのであれば、過剰に心配する必要はないでしょう。一方で、非代償的で同一方向のねじれが継続しているようであれば、それが不調の引き金となっている可能性もあるため、運動指導者やセラピストによる評価や、必要に応じた介入が有効となります。
現代の身体観は、静的な「整っているかどうか」よりも、動的な「適応できているかどうか」を重視する傾向にあります。身体は常に環境に応じて変化するものであり、わずかなねじれや非対称性はその適応の一部です。大切なのは、その構造の中で無理なく機能できているかどうかを見極め、必要に応じて姿勢や動作の見直しを行う柔軟な視点です。