温熱や寒冷といった物理的刺激は、神経および筋肉の生理学的活動にさまざまな影響を与えることが知られています。特に神経伝導速度は温度変化に対して敏感であり、組織温度が1℃上昇するごとに約2 m/s伝導速度が速くなると報告されています。この温度依存性は神経の種類によって異なり、無髄神経線維よりも有髄神経線維で、さらに太い線維よりも細い線維で変化が大きいとされます。具体的には急性痛を伝えるAδ線維(細径有髄線維)は、無髄のC線維よりも温度変化に対して敏感であり、加温により痛みの伝導速度が増加し、逆に冷却によりその速度が低下します。これにより、急性痛の制御手段として寒冷療法が臨床的に用いられる根拠となります。
一次痛と呼ばれる鋭い痛みはAδ線維を介して中枢神経系に伝達されますが、温熱刺激を加えることによってこの伝達速度が上がると、痛みの認識がより速く強くなる可能性があるため、急性期の痛みに対しては不適切な対応となることがあります。そのため急性炎症や外傷直後の痛みに対しては、冷却によって神経伝導速度を低下させ、痛覚伝達を抑制することが効果的であると考えられています。
一方で筋に対する温熱刺激は異なる生理的効果をもたらします。筋温が上昇すると、筋紡錘やゴルジ腱器官に由来する求心性線維の活動に変化が生じます。特に筋温が42℃程度に達すると、筋紡錘からのIa線維やゴルジ腱器官からのIb線維の活動が増加するとされ、この活動増加は筋緊張の調節に寄与する可能性があります(Lehmann et al., 1970)。Ia線維の活動は筋の伸張反射に関与し、Ib線維は筋腱の緊張抑制に関連しますが、温熱により両者のバランスが変化することで筋の収縮性が変わると考えられています。
また筋紡錘の二次終末に由来するII群線維や、錘内筋への遠心性支配を担うγ運動神経の活動は温熱刺激によって低下することが示唆されており、これらの活動低下はα運動神経の興奮性を減少させ、筋のリラクゼーション効果をもたらすと解釈されています。このような神経活動の変化を介して、温熱刺激は筋スパズムの軽減に貢献する可能性があり、臨床的にも筋緊張の緩和や痙縮の改善を目的として加温療法が応用されています。
さらに、加温により筋組織の物理的性質も変化します。筋の粘性が低下し、弾性が増加することで、他動的な伸張に対する抵抗が減少し、可動域の拡大が期待できます。これは筋の柔軟性を高めるうえで非常に有用であり、ストレッチやリハビリテーションの前に温熱刺激を加えることの有効性を裏付けています。
神経系の興奮性に関しては脊髄前角細胞の活動を反映するとされるH波やF波の振幅が温熱刺激によって減少することが報告されています。これは加温によって神経興奮性が抑制されることを示しており、筋スパズムや痙縮を呈する患者においては、脊髄反射弓の抑制を通じた筋の緩和効果が期待されます。実際、H波振幅の減少は温熱療法の一つの評価指標として用いられることもあります。
温熱および寒冷刺激はそれぞれ異なる生理学的機序を介して神経や筋に作用し、臨床的には適切なタイミングと目的に応じて使い分けられるべきものです。温熱刺激は筋スパズムや痙縮の軽減、可動性の向上に有効である一方で、急性炎症や一次痛のコントロールには冷却が適しているという点は、リハビリテーションや理学療法の実践において重要な知見です。