私たちは一般的に言語は早ければ早いほど身につきやすいと信じています。実際、子どもが大人よりも圧倒的に自然かつ効率的に言語を習得するという現象は、古くから観察されており、その背景には「臨界期仮説(Critical Period Hypothesis)」と呼ばれる神経科学的な考え方が存在します。臨界期とはある特定のスキルや能力を習得するために最も適した発達段階のことで、神経の可塑性、すなわち神経回路が変化しやすい性質が一時的に極めて高まる時期を指します。
この臨界期における言語学習の研究で有名なのが、Eric Lennebergによる仮説です。彼は1967年の著書『Biological Foundations of Language』の中で、思春期以降になると脳の可塑性が低下し、新たな言語の習得が困難になると提唱しました。この主張を支持する代表的な実証研究に、JohnsonとNewport(1989)による移民の英語習得研究があります。この研究では3歳から39歳の年齢でアジアからアメリカへ移住してきた人々を対象に、文法判断課題を用いて言語習得能力を調べました。その結果、英語を聞き慣れる年齢が早ければ早いほど、文法的正確性が高いことが示され、臨界期を過ぎると成績が急激に落ちる傾向が明らかになりました。
ではなぜ大人は子どもに比べて言語習得が難しいのでしょうか。その一因として挙げられるのが、先行学習がもたらす神経的な干渉です。すなわち、すでに獲得している母語の音韻やリズムのパターンが、第二言語の音声認識や発音に干渉を及ぼすという現象です。発達初期の子どもは、音声環境に対して非常に柔軟であり、どのような言語にも適応できる音響処理能力を備えています。たとえばKuhlら(1992)の研究では、生後6ヶ月の乳児は、世界中のさまざまな言語に含まれる音素を識別できる能力を示しますが、この能力は10〜12ヶ月頃になると母語に特化し始め、それ以外の言語の音素識別能力は急激に低下することが報告されています。
このような神経的特化は音声認識だけでなく、発話運動の側面にも見られます。母語に特有の発音パターンを習得する過程で、脳内の運動制御回路も最適化されていきますが、こうした運動パターンが第二言語に必要な発音と矛盾する場合、発音における訛りの除去が困難になります。この点についてはFlege(1995)による「Speech Learning Model」が有名で、母語の音韻カテゴリと新しい言語の音韻カテゴリがどれだけ近接しているかにより、第二言語の発音習得が影響されるとされています。
一方で、発達初期に複数言語に同時に触れる子ども、いわゆるバイリンガルのケースでは、神経回路が複数の音声パターンに対して並列的にチューニングされるため、干渉が起こりにくく、どちらの言語もネイティブレベルで習得することが可能です。脳画像研究では、バイリンガルの子どもは単一言語話者とは異なる神経活性の分布を示すことが明らかになっており、たとえばMechelliら(2004)は、第二言語を早期に習得した人ほど、言語関連領域の灰白質密度が高いことを報告しています。
このように、言語習得における年齢効果は、単なる時間の問題ではなく、脳の発達過程と神経の可塑性、そして先行する言語経験との相互作用によって規定されています。子どもは大人に比べて認知的な柔軟性が高く、神経回路の特化がまだ固定されていないため、異なる言語への適応がスムーズに行えるのです。そのため、「学ぶ力」という意味でスキルの高い大人が、言語習得においては子どもに敵わないという一見逆説的な現象が生じることになります。
現在では、成熟だけでなく、環境的な言語経験こそが臨界期を形作る主要因であるという見解が支持されています。つまり、言語を早期に豊かに経験することが、脳の言語回路を形成し、将来的な言語習得能力の基盤となるのです。これは教育や育児において、子どもにどのような言語環境を与えるかが極めて重要であることを示唆しています。