「手でわかる、身体でわかる」─アクティブタッチの不思議

私たちは日常の中で、何かを理解しようとするとき、無意識のうちに手や指を伸ばしてそれに触れようとします。例えば、暗がりの中で鍵を探すとき、目ではなく手が頼りになります。あるいは布の質感を確かめるためにそっと指先で撫でてみたり、カップの中の飲み物の温度を掌で判断したりもします。このような行動の背景には触覚が単なる受動的な感覚ではなく、能動的に情報を得ようとする働きとして機能している、という重要な認識があります。

この点を鋭く見抜いたのが、アメリカの知覚心理学者ジェームズ・ギブソンでした。彼は「アクティブタッチ」という概念を提唱し、触覚が単に「触れられる」ものではなく、「自ら触れにいく」運動と結びついた知覚の形であると述べています。つまり、物に触れるという行為には、意図が介在し、身体の運動と一体化してこそ初めて「知覚」として深まる、という考え方です。たとえば、誰かに手を握られたときと自らその人の手に触れたときとでは、同じ皮膚刺激が加えられていても感じ方はまったく異なるでしょう。これは受動的な触覚と能動的な触覚の違いを象徴する現象であり、私たちの知覚がどれほど主体的であるかを物語っています。

このアクティブタッチの本質を理解する上で、視覚や聴覚と比較してみるとさらに明快です。ただ「見えている」ものと「意識して見ている」ものとは、決定的に異なります。ぼんやりと視界に入っているだけでは記憶に残りにくいのに対し、注視した対象は細部まで記憶される傾向にあります。聴覚もまた然りで、何かを「聞こう」と意識したときにのみ、その音の意味や構造が認識されるのです。触覚においても、ただ手のひらにモノを置かれるのと、自分で「これは何だろう」と意図的に触れるのとでは、得られる情報量も質も違います。後者では、形状や質感だけでなく、表面の微細な凹凸や温度、さらには摩擦係数までもが感知され、より精緻な判断が可能になります。こうした能動的な触覚体験こそが「アクティブタッチ」なのです。

この知覚のあり方は記憶や学習とも密接に関係しています。たとえば、折り鶴の折り方を覚える場面を考えてみましょう。説明書を読んで頭の中で手順を記憶するという方法は、二次元的な視覚情報による記憶にとどまります。一方で、実際に自分の手で折り紙を折ることで得られる学習には、紙の質感、折り目のつけ方、力加減、紙が擦れる音など、多様な感覚が統合されます。このような複数の感覚が関与する記憶の形成は、「身体化された認知(embodied cognition)」として、認知科学の分野でも注目を集めています。これは知識やスキルの習得が脳だけで完結するのではなく、身体の経験と深く関わっているという考え方です。近年の研究では、運動と記憶の関係性を示す神経科学的な証拠も蓄積されており、身体運動を伴う学習が脳内の記憶ネットワークをより強固にする可能性があるとされています。

実際、ピアノの演奏やスポーツの動作などは、理論だけでは身につきません。繰り返しの身体運動と感覚の統合があって初めて「身につく」のです。このとき、脳内では運動前野や感覚野、小脳などが協調的に働き、いわゆる運動記憶(procedural memory)が形成されます。折り紙を折ったときの指の動きが記憶として残り、次に折るときには再び自然と同じ動きが引き出されるのも、こうした神経メカニズムに支えられているのです。

「身体で覚える」とは言葉や図だけではなく、皮膚感覚や筋肉の動き、さらには運動のリズムまでもが統合された記憶が築かれることを意味します。これはアクティブタッチがもたらす知覚と運動の相互作用の賜物であり、人間が本能的に備えている学習戦略なのかもしれません。手で触れて知るという行為は単なる情報収集の手段にとどまらず、その対象と関係性を築き、自らの身体に刻み込むプロセスでもあります。このような「能動的な触知」が、私たちにとって本当の意味での「わかる」や「身につく」につながっているのです。

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