脳は選び、創り変わる―神経可塑性というもうひとつの進化論

私たちは日々、予測のつかない環境の変化に直面しています。それに呼応するように、脳内でも常に新たな神経回路が形成され、不要となったものは消失していくというダイナミズムが繰り返されています。こうした脳の可変性を「神経可塑性(Neuroplasticity)」と呼びます。ある研究論文では神経可塑性を「新しい経験を経て神経細胞の活動が変化し、新たな神経細胞間のネットワークが形成され、そのネットワークの機能が変化する現象」と定義しています。つまり、私たちが何かを学び、適応し、あるいは回復するたびに、脳内では目に見えない神経回路の組み換えが生じているのです。

この神経可塑性を理解する上で、欠かせない理論がHebbによって提唱された原則です。彼は「Neurons that fire together wire together(同時に発火するニューロンは結びつく)」という有名な言葉で、神経細胞間の結合強化の法則性を表現しました。反対に、非同期で活動する神経細胞は結合が弱まり(fire apart, wire apart)、さらに「Use it or lose it(使わなければ失われる)」という原則が、可塑性の本質を端的に物語っています。つまり、繰り返し使用される神経回路は強化され、使われなくなった経路はやがて機能を失うということです。

では、この神経回路の再編成がどのような条件で生じるのか。鍵となるのは、感覚情報の変化と環境の変化です。たとえば、ある種の身体障害や外傷によって感覚入力が遮断された場合、脳は新たな神経回路を構築して環境への適応を図ります。この適応プロセスでは、特定の神経細胞群が優位に活動するようになり、それに伴って神経回路網の選択と強化が起こります。この考え方に関連して、ノーベル賞受賞者であるGerald Edelmanが提唱した「オペレータ仮説(Neural Darwinism)」も重要な理論です。Edelmanは、環境への適応のなかで顕著な活動を示す神経細胞群が「選択」され、結果として脳のネットワークが発達・再構成されていくと述べています。これは進化論的な選択圧が神経回路にも働くという仮説であり、今日の神経リハビリテーションや運動学習の理論に多大な影響を与えています。

神経可塑性は健康な学習過程だけでなく、損傷後の脳機能の再構築にも極めて重要です。脳卒中や外傷性脳損傷の後に見られる回復現象の多くは、この可塑的変化の賜物です。J・Grahamは神経可塑性の仕組みを4つに分類していますが、それぞれが実際の臨床や神経科学の場面で重要な意味を持ちます。

まず一つ目は「Map expansion」、すなわち脳の地図の拡張です。これは、ある機能を頻繁に使用することで、その機能を担う脳領域が拡大するという現象です。たとえば先天的に視覚を失った人では、本来視覚処理を行うはずの後頭葉の皮質領域が、聴覚や触覚処理に利用されるようになるケースがあります。これは機能的代償ではなく、文字通り脳のマップそのものが再編成されていることを意味しています。

次に「Sensory reassignment」、つまり感覚の再割り当てです。ある身体部位への感覚入力が遮断されると、そこに新たな感覚入力が流れ込むようになります。著名な神経科学者Ramachandranが報告したように、手を切断された患者の一次体性感覚野の「手領域」は、やがて隣接する顔や肩などの感覚情報に応答するようになります。その結果、顔に触れると切断されたはずの手に感覚があるように感じる「幻肢知覚」が生じるのです。この現象は単なる幻覚ではなく、脳の感覚地図そのものが動的に変化している証拠といえるでしょう。

三つ目は「Compensatory masquerade」、すなわち代償的仮装です。これは、損傷した脳領域の代わりに別の領域がその機能を代替するという仕組みです。古くから「可塑性」の代名詞として語られてきたこの現象は、失われた機能が他の脳部位によって補われることで、全体の神経機能が維持されるという適応戦略です。

最後に「Mirror region takeover」という現象があります。これは、大脳半球の一側の機能が損なわれた場合、もう一方の対応する領域がその機能を引き継ぐことを指します。たとえば、Isaらの研究では、精緻な把握動作(precision grip)を学習したサルの皮質脊髄路を頸髄で切断したところ、約100日後には同側の運動皮質が活動を増加させて、精緻動作の回復に寄与していることが示されました。このことは、対側運動皮質が機能しない状況でも、同側の運動皮質が機能を代償し得ることを意味しています。これは、まさに「Mirror region takeover」および「Compensatory masquerade」が組み合わさった形の神経可塑性の表れです。

これらの事例から明らかなように神経可塑性は静的な構造変化ではなく、動的で選択的なプロセスです。しかもそれは単なる構造再編成にとどまらず、情報処理様式そのものを変化させる柔軟性を持ち合わせています。したがって、リハビリテーションや教育、さらには日常の学習環境においても、神経回路の「再選択」を促すような経験が必要不可欠です。Hebbの原則を応用すれば、目的とする神経回路をどのようにして活性化させるのか、その具体的な戦略を練ることが、脳の可塑性を引き出す鍵となるのです。

今後神経科学のさらなる発展によって、この可塑的変化のメカニズムはより精緻に明らかにされることでしょう。しかし現時点でも、経験と環境が脳の構造と機能を根本から変えうるという事実は、私たちに深い示唆を与えてくれます。それは、学習も、回復も、すべてが「脳の選択」であるということ。そして、その選択の背景には、日々の行動と経験があるのです。

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